極真空手 茨城大子道場

  Love&Freedom そのために…

2018年05月

生活というウスノロ

道場に入門し意気揚々空手着に袖を通して稽古に励む
それでも数週間経つとその喜びは薄れて平常になるもの
そして基本を覚え組手の面白さ厳しさを感じるころになるとそこで脱落する者
気持ちを新たに稽古に熱中する者
様々です
今日は稽古をするぞ!とやる気になった時に残業が入る
今日は気力もあり体調も良い!そんな日に夜勤だったりする
生きるって思うようにはいかないもの
何かが邪魔をする
本当に生活って「ウスノロ」だ
その繰り返しでこの歳(56歳)まで空手を続けてきた
僕らはプロじゃない
大山館長の提唱していた「三合生活」
家庭→仕事→道場→家庭→仕事→道場
我々空手愛好家はこのサイクルをどこかに偏るのではなく上手にこなしていくことが大切
家庭に偏れば仕事は中途になる
仕事に偏れば家庭はどうなる?
そこに空手を入れていくには家族の理解が必要だし仕事に影響が出るほどのめり込めない
山ごもりしたり牛と対決など出来るはずがない
好きな空手を続けるために家庭と仕事それぞれと握手しないといけない
道場生、特に社会人
20代の血気盛んな時代だけの習い事にするのではなく生涯スポーツとして空手をとらえて欲しい
空手の不思議を理解するには生涯かけても短かすぎるから…
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後屈立ち

松井章圭が選手時代全日本で優勝を果たす前であるが、盧山師範の影響もあったのか、腰を落とした後屈気味の立ち方で試合に臨んでいた時期がある
テレビ放送の解説者の大山泰彦師範が「大会では後屈立ちは不利、体重を前にかける立ち方をしなければ勝ち上がれない」旨の発言があったのを覚えている
極真空手と言えば本来は「猫足立ち」がスタンダードな組手の立ち方
今のような両足に均等に体重をかけ力負けしない、そして下段攻撃に対処しやすい立ち方「組手立ち」が主流になったのは中村誠、三瓶啓二時代、80年代頃からではないか。所謂、「パワー空手」手数が多い「どつきあいの組手」になってから
試合ルールとともに極真空手の立ち方、攻撃技、受け技等の技法が大きく変わってきており今も変貌し続けている
それが良い事なのか?何とも言えないがルールが実戦からかけ離れたものになれば自ずと極真空手自体がスポーツ化し弱体化するであろうことは容易に想像できる
後屈立ちは「受けの立ち方」とか「蹴り主体の立ち方」とか言われているがそうだろうか?
大会ルールでは3分間の限定された時間の中で禁じ手のある限定された攻防で勝敗を決するため「間合い」「かけひき」などと暢気なことは言っておれず攻撃が主の組手になる
体重を「左右均等」か前足にかけた立ち方が有利なのはうなずける
しかし、猫足立ち、後屈立ちは「前足の浮かした踵を床に降ろすだけ」で重心移動が容易にできるのだから相手に気付かれず瞬時に攻撃に移れる
本来技を出す際には重心の移動を微妙に利用し、一撃で技を決める
後屈立ちや猫足立ちは重要な立ち方であるはず
極真空手で始まり他流にも広がった「組手立ち」なるものは本来の空手には存在せずスポーツ化された空手のための立ち方だと僕は評価しています
(山崎照朝×盧山初男)
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(三瓶啓二×松井章圭)
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変わるという事

他人よりは素直なのではないかと思っていたがどこか頑固になり新しいことを始めたり取り入れることを躊躇している自分に気づくことがある
過去の思い出が多くなり「お先」が見えてくるこの歳になると変わることは自分の積み重ねを否定することにつながる
今更取り戻せないタイムスケジュールにハタと気づき積極的にならない
人生70年無理をしても80年
精力的に活動できる残りの道のりの短さを思うと今までの積み重ねを生かしながら危なげなく歩みたくなる
そんな自慢できる業績も輝かしい栄光も何もない癖にいったい何を守ろうとしているのかと片隅の自分は軽蔑のまなざしをむけるのに
ちっぽけな個人がこんななのだから名のある組織は尚更かもしれない
それがトップダウンの組織ならさらに難しい
この組織と言う大きな船と運命を共にし潔く沈んでいくことに美学があるのかそれとも大きく舵を切り新たな流れに向かうのか
大山館長は生前支部長60歳定年制を唱えていたが病に倒れ実行されなかった
この歳になりその意味が良く分かる
我々空手バカ一代世代もその定年制に掛かる年になってきた
30年前と大きく世の中は変わり道場は子供と高齢者ばかり
バトンを受け取るランナーが見当たらない
不幸なことだ
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限界への挑戦


「限界への挑戦」は2冊持っています。

昭和52年初版
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昭和54年増補改訂版
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どちらも懐かしい本。
神田神保町で見つけた初版は年代を感じ、増補改訂はカッコいい。
この表紙を見たら誰だって空手に憧れる。
その日から腕立て伏せ100回を課す日々が始まるはず!僕はそうだった…

初版本にまだ数少ない支部の紹介があり、我が師、若き日の桝田師範紹介文が掲載されている。

まだ30歳前後か?(下記)
一緒に掲載されているのは、芦原英幸、添野義二、大石大悟、東孝、長谷川一幸等そうそうたる面々。
増補改訂版ではその支部長紹介欄が無くなり、第2回オープントーナメント世界大会に向けて有力選手が掲載されている。
二宮城光、中村誠、盧山初男、三瓶啓二、ハワード・コリンズ、ウーデンボガード。

輝いてた時代ですね!

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わがカラテ革命


昭和53年発行
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「日本の空手はこれでいいのか?!」
寸止め空手、ダンス空手、スポーツ空手…と日本空手界に警鐘を鳴らし「直接打撃制」、真剣勝負の武道空手を提唱する大山極真空手。
そしてその空手強化法。
今後世界的な空手の普及に伴い台頭してくるであろう外人勢、特に黒人勢の天性のパワーと瞬発力の恐ろしさ。
それに対するために
・パワー、スピード、リズム、ジャンプ力の強化

特にリズムの重要性。
黒人、白人勢に劣るパワー、スピード、ジャンプ力の強化をしつつ、カギを握るのは「戦いにおけるリズム」にあるという。
勿論黒人のリズム感ときたら日本人の比ではない。

しかし、その外人勢のリズムを崩す日本のリズムを身に付けることが必要であり、「ヒットアンドアウェー」「防御即攻撃の交差法」そして自分のリズムに相手を載せ崩していく戦い方。
アメリカの諺「バレリーナとはケンカするな」
それほどリズミカルな動きは空手の勝敗に大きく関わっている。
戦いに限らず道場での指導においてもリズムは大切である。
僕が水戸本部道場での指導員時代
桝田師範が稽古を眺めていて、終了後師範から「指導の流れをもっと工夫しなさい」と言われたのを思い出す。

あの頃はとにかく「気合いだ気合いだ気合いだ~!」の指導法だった。
また、型についてもっと柔軟性と流れのある動きを研究するよう指導を受けたこともある。

今のように総合格闘技やフルコンタクトの戦いが一般的で無いこの70年代当時に「パワー、スピード、リズム、ジャンプ力の強化」を提唱した極真空手。
革命的であったと思う。







稽古が出来ない

3月末から1ヶ月で1回道場に顔を出し軽く身体を動かしただけ。
マズい、ヤバい!
このままでは本当に空手が出来ない体になってしまう!若い頃なら何てことないが…
今週こそは稽古に行きたい
机の上の山積みの書類非常に無情だ
自分に起こる全てのことは「必然」と思えばこれも意味のあることなのか?
次の展開ってことかな?
どうしようか?

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大子道場の紹介
・所属:極真会館茨城県支部
 桝田道場  桝田博支部長

・大子道場開設 平成12年
 責任者 蛭川浩 段位三段




稽古時間
・火曜日 …(19:00~20:30)
 一般部、少合同合同
 
・木曜日 …(19:00〜20:30)
 一般部、少年部合同
 
・土曜日 …(18:00~19:30)
 一般部  単独稽古




ご入会のお問い合せ
・問合せ先:責任者 蛭川浩

電話…090-5410-2953まで

・中央公民館裏側 柔剣道場

※見学希望の方、ご一報を!



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